大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和43年(む)165号 決定

準抗告人 検察官

決  定 〈準抗告人氏名略〉

被疑者北島虎彦に対する贈賄被疑事件につき、昭和四三年一一月二九日佐賀地方裁判所裁判官大浜恵弘がした勾留請求ならびに接見禁止等請求各却下の裁判に対し、右準抗告人から適法な準抗告の申立てがあつたので、当裁判所は、つぎのとおり決定する。

主文

本件各準抗告をいずれも棄却する。

理由

一、本件各準抗告の申立ての趣旨ならびに理由は、別紙記載のとおりである。

二(一)、一件記録によれば、佐賀地方検察庁検察官柴田義二が、被疑者北島虎彦に対する贈賄被疑事件について、昭和四三年一一月二九日佐賀地方裁判所裁判官に対し、勾留ならびに接見禁止等の各請求をしたところ、同日、同裁判所裁判官大浜恵弘は、要するところ、被疑者が昭和四三年一一月二六日午前八時三〇分ごろにはすでに逮捕されたと同一視すべき状態にあつたものと認められるから、右勾留請求には、刑事訴訟法第二〇五条所定の被疑者の身柄拘束の制限時間を超過した違法があるとの理由で右勾留請求を却下し、同時に右勾留請求が認容されることを前提とする右接見禁止等請求も、これを却下したことが明らかである。

(二)、ところで、一件記録によれば

1、昭和四三年一一月一七日佐賀県警察本部捜査第二課司法警察員警部補永松明によつて、本件被疑事件に関する収賄者とされている香月甚七の自白を内容とする同人の供述調書が作成されていたこと、

2、右捜査第二課司法警察員警部福島勇が、昭和四三年一一月二五日、佐賀地方裁判所裁判官に対し、被疑者に対する贈賄被疑事件について、逮捕状の発付を請求し、同裁判所裁判官大浜恵弘が、同日、有効期間を七日間とする被疑者に対する逮捕状を発付したこと、

3、右捜査第二課派遣の司法警家員巡査部長藤渡栄ほか五名の司法警察職員が、翌日の同月二六日午前八時一〇分ごろ、佐賀市本庄元町一一三番地の四所在の被疑者が経営する日建設備工業所の事務所に私服で赴き、そのうち一人の司法警察職員が、被疑者に対し、「今から警察に行くけんわかつとろうが」と告げたのち、右藤渡栄が、同日午前八時三〇分ごろ、被疑者を警察の自動車で、右捜査第二課に任意同行ということで連行し、右藤渡栄を除く司法警察職員は、同日午前八時二〇分ごろから、右日建設備工業所の事務所ほか一ケ所における捜索、差押えに従事したこと、

4、被疑者が、同日午前八時三〇分ごろから、右捜査第二課において、昼食時間約一時間および数回の用便の時間を除き、同日午後七時ごろまで引き続き取調べを受けたのち、同日午後七時三五分にいたり、同所において、はじめて前記逮捕状の執行を受けたこと、

5、右藤渡栄によつて、贈賄の趣旨否認および証拠隠滅工作を内容とする枚数にして八枚半の同日付の被疑者の供述調書が作成されたこと、

6、右捜査第二課司法警察員警視賀来敏が、同月二八日午後四時五〇分、被疑者を関係書類とともに佐賀地方検察庁検察官に送致する手続をしたこと、

7、本件勾留請求が、翌日の同月二九日午後一時四二分になされたこと、

以上の各事実を認めることができる。

(三)、すでにある被疑者に対する裁判官の逮捕状が発付された後であつても、捜査関係者が、これを当初から執行することなくして、その被疑者に対しいわゆる任意の同行を求めることは、一向にさしつかえないばかりか、もしそれが、その被疑者に対する取調べの結果逮捕の必要がないものと認められるときは逮捕状の執行はしないという意図のもとになされたものとするならば、それは、任意捜査が原則であり、かつ裁判官の逮捕状は逮捕の許可状にすぎないということを前提とする以上、むしろ好ましいことではある。しかし、それにしても、捜査関係者が、ある被疑者に対する裁判官の逮捕状の発付を受けた後、その被疑者に対して任意の同行を求めたということは、場合によつてはその逮捕状を執行すべく任意同行を求めたものにほかならないことは、多言を要しないところであるから、捜査関係者としては、速やかに任意同行後のその被疑者に対する取調べに着手し、逮捕状を執行すべきか否かを、できる限り早急に決すべきである。けだし、刑事訴訟法第二〇三条第一項第二〇五条第一、二項所定の各時間の制限が存する以上、任意同行後の時間の継続を、右の時間制限の脱法的措置としてすごさせることなく、できる限り速やかにその制限時間内のものとしてすごさせるべきであるからである。

そして、本件の場合、前記二の(二)の1ないし5の各認定事実を総合すれば、捜査関係者は、昭和四三年一一月二六日午前八時三〇分ごろ、被疑者北島虎彦を任意同行ということで佐賀県警察本部捜査第二課室に連行した後、その日の人の通常の昼食時(食事時は、人の日常生活の一応の区切りの一つでもあり、その時は、人は、他事から解放されるのを常としている。そして、このことは、任意同行された者にとつても、決して例外ではない。)をめどにして逮捕すべきか否かを決すべく同被疑者に対する取調べをなし、おそくともその昼食時にはすでに同被疑者を逮捕すべく内心意を決していたにもかかわらず、その後も逮捕状を執行することなく、同被疑者をそのままとどめおいて(被疑者は、任意出頭後、いつでも退去できるはずである。)、これに対する取調べを続行したものと認めるのを相当とするから、右昼食時(本件の場合をいうのであつて、他の場合をいうのでないことは、前記のとおりである。)以降の被疑者北島虎彦に対する取調べの施行は、事実上の強制捜査にきりかえ、事実上の逮捕にふみきつたもの、したがつて同被疑者は逮捕されたのと同一の事実状態のもとにおかれたものとみなさなければならないものである。

(四)、そうすれば、司法警察員が被疑者北島虎彦を関係書類とともに検察官に送致する手続をしたのが昭和四三年一一月二八日午後四時五〇分であり、検察官が佐賀地方裁判所裁判官に右被疑者の勾留を請求したのが同月二九日午後一時四二分であつたことは、いずれもさきに認定したとおりであつて、これらによると、刑事訴訟法第二〇三条第一項、第二〇五条第一、二項(前記二の(三)の後段のような場合にも適用されなければならないものであることは、その前段の説示からしておのずから明らかであろう。)所定の各時間の制限をこえていることが明らかであるから、同法第二〇六条第一項にもとづく検察官の疎明の存しない本件においては、右の勾留の請求を受けた裁判官は、同法第二〇六条第二項、第二〇七条第二項但書後段により、勾留状を発しないで、直ちに右被疑者の釈放を命じなければならないものであることはいうまでもない。

(五)、してみれば、本件勾留請求を却下し、かつ右被疑者の勾留を前提とする本件接見禁止等の請求を却下した原各裁判は、結局いずれも正当であつて、本件各準抗告は、いずれも理由がないから、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項にしたがつて、これらを棄却すべきである。

三、それで、主文のとおり決定する。

(裁判官 桑原宗朝 野間洋之助 江口寛志)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例